日本ラグビー界の“鉄人”、大野均選手が現役生活に終止符を打った。

 今月42歳になった福島県郡山出身の大野選手は、大学に入ってラグビーを始めたという遅咲き。大学卒業後、2001年に東芝に入社してからは192センチの恵まれた体格を活かして、激しく果敢なプレーを見せてきた。

ジャパントップリーグでは19シーズンで170試合に出場。新型コロナウィルス感染拡大を受けて6節で中止となった今季の出場はなかったが、トップリーグ通算試合出場数では歴代2位の記録だ。

2016年にはサンウルブズにも加わり、スーパーラグビーでもプレーした。

 日本代表には2004年に初選出。同年5月16日に東京の秩父宮ラグビー場で行われたアジア3か国対抗兼2007年ラグビーワールドカップアジア地区予選の韓国代表戦に、60分からの交代出場でデビュー。その試合は19-19の引き分けで終わったが、次の5月27日のロシア代表戦(東京・国立競技場)では初先発で初勝利(29-12)を挙げた。

 それ以来、大野選手は日本代表戦で出場を重ね、2014年5月30日の秩父宮で行われたサモア代表戦で82キャップ目をマーク。小野澤宏時氏が保持していた最多出場記録81を塗り替えると、その後は自身の記録を更新。2016年6月25日のスコットランド代表戦(16-21)では先発出場して獲得キャップ数を98まで伸ばしたが、これが大野選手の桜の戦士として最後のテストマッチとなった。

 その試合に大野選手は38歳1か月19日で出場し、その時点で最年長キャップ保持者に。その後、昨年のラグビーワールドカップでLOトンプソンルーク選手が準々決勝の南アフリカ戦に38歳6か月4日で出場して記録を更新して2位になった。

ラグビーワールドカップには2007年、2011年、2015年と3大会に出場。中でも、2015年イングランド大会では9月19日にブライトンで行われた南アフリカ代表戦に5番で先発出場し、体を張ったプレーを見せ、世界を驚かせることになった34-32の歴史的勝利に貢献した。

なお、大野選手の代表戦通算成績は60勝3分35敗だった。

代表チームや所属チームの同僚やファンから「キンちゃん」と呼ばれて親しまれ、闘争心溢れる熱いプレーで見る者を魅了してきた日本ラグビー界のレジェンドが、ついにフィールドを去る。