難しい状況に直面した時、そこにやりがいを見つけて挑む人がいる。ジャパントップリーグの日野レッドドルフィンズでチームを率いることになった箕内拓郎ヘッドコーチも、その一人だろう。この7月、FWコーチからヘッドコーチに就任し、新たなスタートを切った。

箕内氏は日本代表48キャップを保持し、2003年と2007年のワールドカップを含めて多くの試合でキャプテンを務めた。所属チームでも、関東学院大学4年には主将として大学選手権優勝し、NECでは3度の日本選手権制覇などタイトル獲得に貢献。2010年からプレーしたNTTドコモでは1年目にトップリーグ初昇格を遂げた。

パシフィック・バーバリアンズでも主将を務めてウェールズに勝利し、世界選抜に選出されたこともある。留学先のオックスフォード大学ではケンブリッジ大学とのバーシティマッチに出場し、ブルーの称号を持つ数少ない日本人の一人だ。

現役引退後にNTTドコモでコーチに転じ、「影響を受けた」というジュニア・スプリングボクス元監督のダヴィー・セロン氏の下でFWコーチを務め、2017年からは日野で同職を務めてきた。そして今回、初めてヘッドコーチとしてチームを率いる。

だが日野で取り組むべきものは多い。

フィールド上では、トップリーグ昇格1年目の2018年からの直近3シーズンは下位に低迷。フィールド外では、今年3月に所属選手が薬物使用で逮捕される事件もあった。後に当該選手は精神疾患を患っていたことが判明したが、チームは活動を無期限に自粛。その後、再発防止を図り、体制を刷新した。

箕内ヘッドコーチにはフィールド内外でのチームの建て直しが求められているが、新型コロナウィルス感染流行を受けてチームの活動やプレーには制約も少なくない。だが44歳の新指揮官はポジティブに、これらの困難もステップアップの機会と受け止めている。

「こういう経験は、あまりできないこと。チャレンジしたいという思いが強かった。大変な時期だからこそ、そういうところに身を置いて自分を成長させたい」と静かに語った。

 

クリーンであること

 

箕内ヘッドコーチは選手やコーチ陣との対話を重ね、再建の柱には「チーム文化、チームフィロソフィーの確立」を掲げて、フィールド内外で示すことを選手たちに求めている。

「ラグビー選手である以前に人間。グランドの外の姿勢を組織としてしっかり再建することが、最終的にグランドの中での結果につながる。10年後、20年後にチームが成功を収めるためにも、チーム文化を今年でしっかりと根付かせたい。選手だけでなく組織に所属する人間すべてに、そういうマインドセットの変化を求めていきたい」と語る。

チームはトップリーグ昇格1年目の2018シーズンに16チーム中14位。ラグビーワールドカップ開催の影響でリーグ戦がなかった2019年は、カップ戦で6チームのプールで4位。そして、新型コロナウィルス感染拡大を受けて6節で打ち切りとなった2020シーズンは、1勝5敗の14位だった。

 箕内ヘッドコーチは今季、「クリーンであること」を目標の一つに掲げている。

というのも、昨季はイエローカードやレッドカードを含めて反則が多く、チーム活動での規律の甘さも見られた。そして、今春の不祥事の反省から、箕内ヘッドコーチは「チームとして会社として、クリーンさを訴えていかないといけない。プレーでも、一人ひとりの選手の必死さなど、見ている人に『チームが変わった』と分かってもらえるようなラグビースタイルを見せたい」と説明した。

 

昨季からのメンバーで挑む意義

 

 再建への強い思いは、チーム編成にも表れている。

 リーグの多くのチームは、来年1月開幕予定の新シーズンと、さらにその翌年の新リーグの立ち上げを睨んで、精力的に補強を図り、昨年のラグビーワールドカップでも活躍した世界的ビッグネームとの契約も多い。

例えば、NTTコミュニケーションズはスコットランド代表前主将のSHクレイグ・レイドロー選手を獲得。神戸には元ニュージーランド代表のSOアーロン・クルーデン選手とユーティリティ・バックスのベン・スミス選手、NTTドコモには南アフリカ代表WTBマカゾレ・マピンピ選手が入り、サントリーも1シーズンのみながら、ニュージーランド代表SO/FBボーデン・バレット選手の加入が決まっている。

 日野も大卒ルーキーを中心に補強はしたが、これまでのところ、ビッグネームとは無縁だ。だが、そこに意味があると箕内ヘッドコーチは言う。

 「再建にあたって一番大事な部分は、去年もいた選手やコーチが軸になっていくということ。(新たに)外部から来た選手に頼るのであれば、再建とは言えない。」

昨シーズンの反省もある。

「そもそも、昨年すべての選手が100%の力を発揮できていたのか。我々コーチとしても、選手の力をもっと引き出してあげなければならない」と指揮官。「まずは『自分たちはこのラグビーをやる』ということに対して、試合に出る選手全員が100%以上のものを出して実行する。それが一番重要だと思っている。」

 

コロナ禍の影響

 

 新型コロナウィルス感染流行が続く中、チームは7月から小グループでの練習からスタートし、8月末から全体練習に移行した。

だが、活動自粛でラグビーから離れている時間が長かったことで、選手のコンディションにはばらつきが見られ、外国人選手の合流も渡航制限の影響で国によって違いが出た。さらに、感染状況次第では今後の予定変更の可能性も頭に入れておかなければならない。コンタクトプレーの制限など、いつものプレシーズンと異なる部分は少なくない。

 箕内ヘッドコーチは、「ラグビーのスキルは後々でも上げていけるが、体づくりはしっかりしておかないとグラウンドで戦えない。今のうちに上げられるだけ上げておきたい。他のチームよりも1~2週間後追いでやっている分、1つ1つの練習が重要になる。そこを大事にして、すべてグラウンドでのパフォーマンスに直結する形でつなげていきたい」と語る。

 そして、チームとして目指す絵をより明確にするために、「今年は『ここ』というところを突き詰めてやりたい」と話している。

キャプテンには、元ニュージーランド代表SHオーガスティン・プル選手と日本代表経験もあるNO8堀江恭佑選手の2人を任命。「2人とも指標をしっかり示せる。チームのフィロソフィーをプレーで体現してほしい」と話し、期待する。

 

日本ラグビーの変化

 

2002年から2008年まで日本代表で戦った箕内ヘッドコーチは、昨年のラグビーワールドカップを契機に日本ラグビーの変化を感じている。

「子どもたちにどういう選手になりたいかと訊くと、稲垣(啓太)選手や福岡(堅樹)選手、松島(幸太朗)選手という。昔は日本選手の名前が出てくることはなかった」と箕内氏。

「ここ2大会のラグビーワールドカップでの結果もあって、日本ラグビーが世界中で認められているとすごく感じる」と話し、今年11月のオータム・ネーションズカップへの日本代表の出場が取りざたされた例を挙げて、「ティア1に匹敵する力は認められていると思う」と言う。

 その一方で、今後さらなる進化を目指して、代表チームとトップリーグがより良い関係性を築いて、代表チームだけでなくリーグや日本ラグビー全体の底上げを図るべきだと説く。

 「国内のリーグとしっかりリンクした形で強化をしていく必要がある。日本代表の力は十分ある。今後は次のワールドカップやその次の大会で、より高い目標を持ってやっていくと思う。そこと、リーグをうまく結び付けたい」と箕内ヘッドコーチは言う。

 「現場としては質の高いラグビーをやれるように、選手にプロ意識を植え付けていく。そういうことをしっかりやっていきたい。」

再建から成長へ、箕内ヘッドコーチの目指すところは高い。

 

Photo credit: ©Hino Red Dolphins