昨年の9月20日に開幕したラグビーワールドカップ2019日本大会は、観客動員など多くの面で過去の記録を更新したが、開催国にとっては日本代表の初の8強入りの活躍で多くの人々の関心を集め、新たなファンを惹きつけた大きなインパクトを与える大会となった。その効果は、さまざまな点に表れている。

2020年1月に開幕したジャパントップリーグでは、新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けて6節で終了を余儀なくされたが、観客は42万人強を動員。1試合平均の入場者数では過去最高の1万1千人を超え、国内最高峰のリーグは大会で生まれた新たなファンを惹きつけた。夏と秋に予定されていた日本代表のテストマッチシリーズは感染症の流行で中止へ追い込まれたものの、今後へ向けたプラス材料もいくつか確認されている。

トップリーグでは来年1月に予定されている新シーズンを前に、ワールドカップでも活躍した世界トップクラスの選手が各チームに加入する。

3大会ぶりに優勝した南アフリカ代表のWTBマカゾレ・マピンピ選手(NTTドコモ)、ニュージーランド代表SO/FBボーデン・バレット選手(サントリー)、スコットランド代表SHクレイグ・レイドロー選手(NTTコミュニケーションズ)、ニュージーランド代表で2015年ワールドカップ優勝メンバーの万能BKのベン・スミス選手(神戸製鋼)と、同僚で2011年大会覇者のSOアーロン・クルーデン選手(神戸製鋼)ら、そうそうたる顔ぶれが日本のファンの前でプレーする。

また、シックスネーションズ出場チームを中心に開催される11月のオータム・ネーションズカップには、日本代表の参加も検討された。感染拡大で中止になった今年のテストマッチではウェールズ、イングランド、スコットランド、アイルランドという強豪との対戦が予定されていた。大会を機にティア1国とのマッチメークが「前向きな話ができる」(日本ラグビーフットボール協会岩渕健輔専務理事)ようになり、世界ラグビー界での日本の立ち位置が変わってきている。

 感染拡大の影響で国内の大会やイベントの中止や延期、学校の休校やスクールの活動中止などがあり、選手やチームの登録数など数字としての成長を確認するのは現状では難しいが、日本の未来を担う若年層に競技への関心が上がったことや、地域とのつながりが生まれたことは、いろいろな事例からうかがえる。今後の競技の国内成長に大きな可能性をもたらす要素として歓迎すべき点だ。

 岩渕専務理事は、「普及の観点で非常に大きなインパクトを得た」と語り、試合開催地以外を含めた地域での盛り上がりで「国を巻き込んで大きなものにしてもらった」と大会開催について改めて振り返った。

 

奏功した3プロジェクト

 

日本協会には2019年大会開催を契機として一層力を注いでいた普及活動が3つあった。全国一斉ラグビー体験会、小学校の体育の授業でのタグラグビーと中学校の放課後プログラムの推進だ。

 体験会は身近に競技を試してみる機会として、春と秋に全国のラグビースクールで開催され、2019年には26,000人が参加した。小学校の体育の指導要領に組み込まれていたタグラグビーも大会開催を機に積極的に行われ、小学生のうちに楕円形のボールに触れる機会を得た。そして、中学校を中心とした放課後プログラムによって、小学校から中学校へ進んでもラグビーを続けて経験できる機会を確保することにつながった。

各年代にこれらの「入り口」を設けたことで、競技に親しみを感じてもらい、競技人口の増加を促すだけでなく、従来は高校生から始めることが多かった国内の競技開始年齢を、より早い段階へ年齢を引き下げる効果も期待されるようになった。

日本ラグビーフットボール協会の安井直史普及育成部門長によれば、昨年実施した全国一斉体験会では定員を超える参加希望者が殺到するケースが各地で続出。しかも、ラグビーを始める子どもの背景として、これまでは家族にラグビー経験者や競技のファンがいるケースが主流だったのが、親のラグビー経験とは関係なく「子どもがやりたいと言い出した」という新たな展開が数多く確認されたという。

日本協会の2020年3月時点での競技者人口のデータを見ても、6歳以上12歳未満の若年層がラグビースクールやジュニアクラブで2万人以上に増加し、中学校でも競技人口は5800人近くに伸びてきている。

日本協会の2020年3月時点での競技者人口のデータを見ても、6歳以上12歳未満の若年層がラグビースクールやジュニアクラブで約2万人の増加を示し、中学校でも5800人近い伸びを示している。

 これらの増加傾向について安井氏は、「大会開催都市以外で、多くの子どもたちが来てくれた」と指摘。背景として「大会開催でラグビーを目にする機会が大きかった」と話している。

 

地域とのつながり

 

国内の各地域を広く巻き込んだ展開への基盤もできた。大会の開催都市の各自治体とは日本協会では「未来計画Dream Beyond 2019」プロジェクトとして今後も連携を維持し、さまざまな普及活動を展開する予定だ。

福岡県では、新型コロナウィルス感染拡大の影響で中止を余儀なくされたが、日本協会との共催で中学生年代向けイベントとしてアジアラグビー交流フェスタの開催が今年9月に予定されていた。昨年9月の大会開催中にも行われており、来年以降の継続開催が期待されている。

福岡ではまた、地元の社会人チームが小学校を訪問して自分たちの仕事の仕組みを教える、社会科とラグビーを組み合わせた取り組みも昨年実施された。「特別授業」で親しみを覚えてもらい、チームの試合に足を運んでもらうことも期待されており、地域に根差した交流の一つとなりそうだ。

岩渕専務理事は「試合以外のところでいろいろな形で盛り上げてもらった」と語り、大会会場に限らない地域や学校などでの活動の力を指摘していた。

日本協会では開催都市以外の広い地域での活動を促進するために、地域活動のサポート・調整役として「地域普及育成担当」を設けているが、現在の関東・関西・九州の3地域協会に各1人の現体制から将来的な増員も視野に入れている。

 

広がる可能性

 

 日本協会で長年普及に携わってきた安井氏は、ラグビーならでは可能性の高さを指摘する。

「普及は子ども対象が多いが、ラグビーは大人も楽しめるスポーツ。お酒の機会を含めて、以前ラグビーをやっていた人が、選手にはならなくてもラグビーの話をするなど、ラグビーを少しでも身近に感じてもらえる要素は多い。子どもたちもハカをする子がいる。こういうことは今後ラグビーを広める上ですごく重要だと感じたし、大会開催でそういうポンテンシャルは広がったと思う」と語り、成人年代を含めた、幅広い普及に意欲を示す。

特にタグラグビーについては、ボールを持つ機会が多く運動量も高い点で初心者にも楽しめ、タグを取り合ってコンタクトを避けられる点では、コロナ禍でも感染リスクが抑えられる。若年層だけでなく、怪我を懸念する社会人にも楽しめるとして最適だと説く。

「タグは気軽に始められる。そこへの取り組みも考えたい」と安井氏。私案として「ママさんタグラグビーがあってもいい」と提案する。

 当然ながら、普及推進に日本代表の存在は切り離せない。代表チームの活躍を後押しに、次の2023年ラグビーワールドカップ・フランス大会への変化も期待している。

日本で大会をライブ観戦することは、現地との時差を考えると簡単ではないが、安井氏は「それでもライブで試合を見たいと思う人が子どもを含めて増えてくれるといい。日本代表の活躍で多くの人を惹きつけてもらって、ラグビーに熱を持ってくれた人たちがまた関われるように、受け皿となれる環境を少しでも整えていきたい」と話している。

 2019年大会開催を足掛かりに、競技の国内普及の種を蒔いた日本。それを根付かせて成長へつなげるために、着実な歩みが期待されている。