試合キックオフ直前にロッカールームからグラウンドに出ると、大きな歓声とともに熊谷ラグビー場のスタンドを埋めた大勢の観客が目に飛び込んできた。多くはホームチーム、パナソニックの青に身を包んでいる。その瞬間、パナソニックワイルドナイツの日本代表PR稲垣啓太選手は、「今日は勝たなきゃいけないな」と感じたという。

 1月12日(日)、ジャパントップリーグの2020シーズンが始まった。

日本代表が悲願の8強入りを果たしたラグビーワールドカップが11月2日に幕を閉じてから約2ヵ月を経て開幕した国内最高峰のリーグ戦は、初日に全国各地で行われた全8試合で116,689 人が訪れ、昨シーズンに比べて3万人以上の増員となった。

 熊谷で行われたパナソニックの試合もその一つ。クボタスピアーズとの開幕戦には17,722人が駆けつけて熱戦に興じた。同競技場がワールドカップへ向けて改修後の初戦となった2018年10月20日のキヤノン戦の13,849人を上回った。

試合は、日本代表WTB福岡堅樹選手の前半2トライなどでパナソニックが34-11で勝利したが、最後まで反撃を試みるクボタのプレーもあり、スタジアムは最後まで湧いた。

 稲垣選手は、「ラグビーの認知度は、(前回ワールドカップの)2015年よりも上がったんじゃないかと思う」と話す。

 前回のイングランド大会で日本は当時大会2度優勝していた南アフリカ代表に競り勝つというセンセーショナルな勝利を挙げ、それを含めてプール戦で3勝した。準々決勝には進めなかったが、ラグビーは日本国内でも注目を集め、ちょっとしたブームになった。

しかし、直後に始まったトップリーグでは券売方法のミスで観客動員に失敗するなど、芽生えかけた競技人気が定着することはなかった。

これまでと違う雰囲気

 「前回は一過性で終わらせてしまった。我々の反省でもある」と稲垣選手は語り、「同じミスをしないためにも、これから選手はどうあるべきか。選手はグラウンド上でしか表現できない。勝たないとファンの皆さんも応援し甲斐がない。プレーでしっかり結果を出して、少しでも印象に残るようなプレーを増やしていけたら」と言う。

 日本代表でもチームメイトのHO堀江翔太選手も、この日の試合でグラウンドに足を踏み入れた時に、「これまでとは全然違う」というスタジアムの雰囲気を感じたという。そして、大観衆の前でプレーする状況が、代表経験のない選手の強化にもつながると指摘する。

 「これがどんどん続いて、こういうプレッシャーの中でプレーすることは、日本ラグビーにとってすごくプラスだと思う」

 リーグの盛り上がりは、今季トップリーグに新天地を求めてきた他国代表選手にも、当然ながら歓迎されている。

 「素晴らしいスタジアムでこんなにたくさんの観客の前でプレーできて、とても興奮している。日本のラグビーの盛り上がりを感じるし、すごくいいね。楽しんだよ」

そう興奮気味に話したのは、今季クボタに加入したオーストラリア代表SOバーナード・フォーリー選手だ。後半途中からピッチに立ち、クボタの攻撃のペースアップで反撃を図った。

パナソニックには敗れたが、チームの出来についても代表戦71キャップを保持する30歳は、「チャンスも作れていたし、早目に得点できていたら違う展開になっていたと思う。惜しかったけど収穫も得た。次の試合が楽しみだ」と話し、新たなシーズンの展開へ心を踊らせている様子だった。

神戸では昨季4倍の観客を記録

 今季の開幕戦では、他の会場でも昨シーズンの観客動員を大きく上回る数字を記録した。

 連覇を狙う神戸製鋼コベルコスティーラーズがキヤノンイーグルスと対戦した兵庫県の神戸ユニバー記念競技場では、同会場で行われた昨シーズン開幕戦の約4倍になる23,004人が来場。その前で神戸製鋼はキヤノンを50-16で下して、白星スタートを切った。

 東京の秩父宮ラグビー場では、日本代表の主将を務めたNO8リーチマイケル選手を擁する東芝ブレイブルーパスが、日本代表同僚のSH流大選手とWTB松島幸太朗選手を擁するサントリーサンゴリアスと対戦。21,564人を集めた試合は、退場者を出したサントリーが14人で奮闘したが、26-19で東芝に軍配が上がった。

 この試合の前に行われた、日野レッドドルフィンズ対NTTコミュニケーションズシャイニングアークス戦も17,072人が観戦。NTTコミュニケーションズが29-20で勝利した戦いを見守った。

 また、静岡県磐田市で行われたヤマハ発動機ジュビロとトヨタ自動車ヴェルブリッツの対戦には、同競技場のラグビー動員では最多の13,985人が駆けつけた。試合はホームのヤマハがトヨタに31-29で競り勝った。

 このほか、大阪の花園競技場では2試合が行われ、ホンダヒートがリコーブラックラムズに28-5で勝ち、昇格チーム同士の対戦はNTTドコモレッドハリケーンズが三菱重工相模原ダイナボアーズに31-24で競り勝った。また、福岡では宗像サニックスブルースがNECグリーンロケッツを24-18で下した。これらの試合では1万人動員には届かなかったものの、昨シーズンを上回る入場者数だった。

各国のRWC代表選手が勢ぞろい

 ファンを惹きつけているのは、日本代表選手を中心としたプレーはもちろん、多くのチームに加入した、ワールドカップで活躍した各国の代表選手だろう。

 前出のクボタのフォーリー選手もその一人。同様にクボタで同僚となったのが、ワールドカップに優勝した南アフリカ代表NO8のドウェイン・フェルミューレン選手と、ニュージーランド代表CTBライアン・クロッティ選手だ。

 パナソニックはリーグ最多となる6人の日本代表ワールドカップメンバーを擁しているが、そこに南アフリカ代表CTBダミアン・デアリエンディ選手、ニュージーランド代表LOサム・ホワイトロック選手、オーストラリア代表FLデービッド・ポーコック選手らが加わった。

 神戸製鋼には昨季からニュージーランド代表で112キャップを保持するSOダン・カーター選手がプレーしているが、今季はさらにオールブラックスLOのブロディ・レタリック選手と、日本代表CTBラファエレ・ティモシー選手が加入し、選手層をさらに厚くしている。

 トヨタ自動車にはニュージーランド代表主将でNO8のキアラン・リード選手、南アフリカ代表FBウィリー・ルルー選手が加わっただけでなく、昨秋の日本大会後にニュージーランド代表ヘッドコーチを退いたスティーブ・ハンセン氏をデイレクター・オブ・ラグビーとして招聘している。

 このほか、サントリーにはオーストラリア代表CTBサム・ケレヴィ選手、NTTコミュニケーションズには南アフリカHOマルコム・マークス選手が加入。南アフリカからはLOのRG・スナイマン選手がホンダに、CTBジェシー・クリエル選手がキヤノンに入るなど枚挙のいとまがない。

 クボタでプレーする日本代表FLピーター・ラブスカフニ選手は、「僕らのスコッドにもすごくいい選手たちが加わった。彼らと一緒にプレーするのは素晴らしいことだし、フィールド内外で学ぶことが多い。フィールド外で生み出すエネルギーをフィールド内へ持ち込んで結果につながるようにしたい」と、チームの新たな展開に期待をよせている。

 パナソニックで日本代表SO/CTB松田力也選手も、新たにチームメイトとなったデアリエンディ、ポーコック、ホワイトロック選手について、「小さなところのレベルの高さが練習でも出ているので、いい刺激をもらっている。漠然とプレーしないし、1つ1つのプレーの何気ないところにもずる賢さもある。そういうところをもっと見習わなければならない」と話し、気持ちを引き締めている様子だった。

 今季トップリーグは5月9日(土)まで、各チーム1回戦総当たりで行われる。リーグでは60万人の観客動員を目標にしているが、新たな戦力と刺激を得た各チームがどんなパフォーマンスで、ファンを魅了し続けることができるか。日本ラグビーが新たな局面を迎えている。