RWCでのアルゼンチン

ラグビーワールドカップの2017年と2015年大会で4強入りしたアルゼンチンですが、世界ランク上位8位内から順位を下げ、次の日本大会ではバンド3に振り分けられることになりました。

アルゼンチンにとって革新的な大会となった2007年大会で開催国のフランスとアイルランドの2チームと同組になって以降は、さほどタフな組み合わせではなかったと言えるでしょう。

アルゼンチンが2007年の開幕戦でフランスを破ると、その衝撃が誇り高いホスト国を襲っただけでなく、連鎖反応がラグビー界全体へ及び、アルゼンチンは評価に値するチームであると広く認知されることになりました。

 

国ではMarcelo Loffreda監督率いるチームの偉業を報じる記事が、新聞の裏面トップからサッカー記事を追い出していました。チームはその後、ジョージア、ナミビア、そしてアイルランドを撃破して、負けなしの快進撃でベスト8進出を決めました。

主将のAgustin Pichot 選手はチームを奮い立たせる存在で、Felipe Contepomi 選手やマルチな才能を発揮するJuan Martin Hernandez 選手とともに輝かしいバックラインを構成。経験豊富なFW陣も加わったチームは国民の心をがっちりと捉えました。準々決勝のスコットランド戦では、同日に予定されていたボカ・ジュニアーズ対リバープレートのブエノスアイレス名物のダービーの開催を、このラグビー8強対決のために変更させてしまったほどです。

アルゼンチンはスコットランドを順調に下して4強に進出すると、この大会優勝する南アフリカには13‐37で屈しました。しかし、フランスとの再戦となった3位決定戦を制して3位に入りました。この成果で、Pichot選手と同僚はアルゼンチンが国際大会の常連国として出場するにふさわしいチームであると世界に認めさせることになり、国のヒーローとして帰国しました。

アルゼンチンは現在ではザ・ラグビーチャンピオンシップの主力となり、ジャガーズもスーパーラグビーに参戦。Pichot選手はワールドラグビー副会長を務めています。もし2007年ワールドカップで彼らが成功を収めていなかったら、あるいは2015年大会で躓いていたら、彼らの歴史は違うものになっていたかもしれません。

 

近年、素晴らしいパフォーマンスを披露しているアルゼンチンですが、ラグビーワールドカップに出場した当初は、かなり失望させられたものです。

1987年の第1回大会では初戦でフィジーに9‐28で敗れ、第3戦のオールブラックス戦に敗れて敗退しました。救いは第2戦イタリア戦での25‐16の勝利です。この試合、レジェンドSOで主将のHugo Porta選手が5つのPGを決めましたが、この白星はアルゼンチンが出場した最初の3大会で唯一の成功でした。

1991年大会では、ラネリーのストラディ・パークでの初戦で、この大会で優勝するオーストラリアに歯が立たずに19‐32で敗れ、続くウェールズと、快活な動きを見せる西サモアにも敗れて、残念な結果に終わりました。

1995年大会でもアルゼンチンは西サモアに敗れるのですが、点差は縮まっていました。初戦のイングランド、第3戦のイタリアにも負けはしましたが、良い時間帯も作り、PR Patricio Noriega 選手やFederiko Mendez 選手らFW陣が頭角を現して、僅差の試合を演じました。

1999年大会になると、ロス・プーマスはさらに力をつけ、ミレニアムスタジアムでの開幕戦でホスト国ウェールズに敗れた(18‐23)ものの、サモア(32‐16)と日本(33‐12)には勝って、準々決勝進出をかけたプレーオフでアイルランドと対戦します。そこで28‐24の勝利を挙げて、フランスとの8強対決に臨みました。

この大会で準優勝を果たすことになるフランスには26‐47で敗れますが、SO Gonzalo Quesada選手が102得点を生み出して大会得点王になり、2007年大会のチームの中核を担うことになるPichot選手、Contepomi選手、Ledesma 選手、Juan Martin Ferandez Lobbe選手らが存在感を示すようになりました。

2003年大会は2週間で4戦を戦うタフな大会になりました。オーストラリアとアイルランドには負けましたが、ナミビアとルーマニアには快勝しました。

その後、チームの成長は右肩上がりを見せて、2007年大会で驚きの成功を収めると、ニュージーランドでの2011年大会でも進化を印象付ける戦いを見せます。プールBでの4試合中、ルーマニア、スコットランド、ジョージアとの対戦で3勝を挙げます。しかし、ベスト8では開催国であり、優勝を遂げたニュージーランドに10‐33で敗れ、大会を後にしました。

2015年大会ではそのニュージーランドが初戦の対戦相手でした。ロス・プーマスのファンは満員のウェンブレースタジアムで大声援を送り、その後も大会中ずっと同じように声援を続けます。実際、彼らが声援を送りたくなる場面は随所にあり、前半終了時にはアルゼンチンが4点差リードを奪い、21戦目にしてオールブラックスからの初勝利となるのではという期待を抱かせる展開を見せます。しかし、最後の15分で世界王者が攻撃を畳み掛けてAaron Smith 選手とSam Cane選手がトライを決め、25‐16でアルゼンチンを突き離しました。

Daniel Hourcade監督の下、大胆なスタイルを標榜するアルゼンチンは、ジョージア(54‐9)、トンガ(45‐16)、ナミビア(64‐19)に大勝して、アイルランドとの準々決勝に進出しました。会場にはサッカー界レジェンドのディエゴ・マラドーナ氏もトンガ戦から応援に駆け付けて勝利を喜び、試合後のロッカールームでは祝福のダンスを披露して選手らを楽しませる一幕もありました。

ミレニアムスタジアムでのアイルランド戦では、アルゼンチンの選手らは余裕の自信を感じさせる笑顔を見せて登場すると、すばらしいランニングラグビーを展開してアイルランドを崩し、危険な雰囲気を漂わせるJuan Imhoff選手が2本のトライを決める活躍を見せて、43‐20という、スコア通りの一方的な展開で勝利しました。

しかし、準決勝で対戦したオーストラリアはアルゼンチン対策も十分で、アルゼンチンの得点をNicolas Sanchez選手のPG 5本に留めます。Adam Ashley-Cooper選手のハットトリックなどで29‐15でアルゼンチンを退けました。

2度目の3位決定戦へ進んだアルゼンチンは、そこで南アフリカと対戦しましたが13-24で敗れ、試合終了直前にJuan Orlandi選手がトライを返したのが精いっぱいでした。

2015年大会ではそのニュージーランドが初戦の対戦相手でした。ロス・プーマスのファンは満員のウェンブレースタジアムで大声援を送り、その後も大会中ずっと同じように声援を続けます。実際、彼らが声援を送りたくなる場面は随所にあり、前半終了時にはアルゼンチンが4点差リードを奪い、21戦目にしてオールブラックスからの初勝利となるのではという期待を抱かせる展開を見せます。しかし、最後の15分で世界王者が攻撃を畳み掛けてAaron Smith 選手とSam Cane選手がトライを決め、25‐16でアルゼンチンを突き離しました。

Daniel Hourcade監督の下、大胆なスタイルを標榜するアルゼンチンは、ジョージア(54‐9)、トンガ(45‐16)、ナミビア(64‐19)に大勝して、アイルランドとの準々決勝に進出しました。会場にはサッカー界レジェンドのディエゴ・マラドーナ氏もトンガ戦から応援に駆け付けて勝利を喜び、試合後のロッカールームでは祝福のダンスを披露して選手らを楽しませる一幕もありました。

ミレニアムスタジアムでのアイルランド戦では、アルゼンチンの選手らは余裕の自信を感じさせる笑顔を見せて登場すると、すばらしいランニングラグビーを展開してアイルランドを崩し、危険な雰囲気を漂わせるJuan Imhoff選手が2本のトライを決める活躍を見せて、43‐20という、スコア通りの一方的な展開で勝利しました。

しかし、準決勝で対戦したオーストラリアはアルゼンチン対策も十分で、アルゼンチンの得点をNicolas Sanchez選手のPG 5本に留めます。Adam Ashley-Cooper選手のハットトリックなどで29‐15でアルゼンチンを退けました。

2度目の3位決定戦へ進んだアルゼンチンは、そこで南アフリカと対戦しましたが13-24で敗れ、試合終了直前にJuan Orlandi選手がトライを返したのが精いっぱいでした。

2015年大会ではそのニュージーランドが初戦の対戦相手でした。ロス・プーマスのファンは満員のウェンブレースタジアムで大声援を送り、その後も大会中ずっと同じように声援を続けます。実際、彼らが声援を送りたくなる場面は随所にあり、前半終了時にはアルゼンチンが4点差リードを奪い、21戦目にしてオールブラックスからの初勝利となるのではという期待を抱かせる展開を見せます。しかし、最後の15分で世界王者が攻撃を畳み掛けてAaron Smith 選手とSam Cane選手がトライを決め、25‐16でアルゼンチンを突き離しました。

Daniel Hourcade監督の下、大胆なスタイルを標榜するアルゼンチンは、ジョージア(54‐9)、トンガ(45‐16)、ナミビア(64‐19)に大勝して、アイルランドとの準々決勝に進出しました。会場にはサッカー界レジェンドのディエゴ・マラドーナ氏もトンガ戦から応援に駆け付けて勝利を喜び、試合後のロッカールームでは祝福のダンスを披露して選手らを楽しませる一幕もありました。

ミレニアムスタジアムでのアイルランド戦では、アルゼンチンの選手らは余裕の自信を感じさせる笑顔を見せて登場すると、すばらしいランニングラグビーを展開してアイルランドを崩し、危険な雰囲気を漂わせるJuan Imhoff選手が2本のトライを決める活躍を見せて、43‐20という、スコア通りの一方的な展開で勝利しました。

しかし、準決勝で対戦したオーストラリアはアルゼンチン対策も十分で、アルゼンチンの得点をNicolas Sanchez選手のPG 5本に留めます。Adam Ashley-Cooper選手のハットトリックなどで29‐15でアルゼンチンを退けました。

2度目の3位決定戦へ進んだアルゼンチンは、そこで南アフリカと対戦しましたが13-24で敗れ、試合終了直前にJuan Orlandi選手がトライを返したのが精いっぱいでした。

 

RWC2015 アイルランド-アルゼンチン イモフのトライ
Juan Imhoff exploited huge gaps in the Ireland defence and score Argentina's second try as the Pumas raced into a 14-0 lead.

 

RECORD BREAKERS                     

Juan Imhoff選手が2015年大会でマークした5トライが、アルゼンチンの1大会での最高得点で、同選手のワールドカップ大会通算トライは7本。

SO Gonzalo Quesada選手は1999年大会で102得点を挙げて大会最高得点者に。この得点にはPG 31本が含まれます。

HIGH POINT

Juan Martinez Hernandez選手の素晴らしいプレーに触発されたアルゼンチンは、2007年でワールドカップでの最高成績となる3位に入りました。この成果が認められて、アルゼンチンはSANZARから招待を受けて、2012年に新設されたザ・ラグビーチャンピオンシップに出場することに。

LOW POINT

アルゼンチンはワールドカップで8連敗を記録。1987年6月1日から1999年10月10日までで、この間にサモアには2度負けています。しかし3度目の対戦となった1999年にはアルゼンチンが32-16で勝ち、連敗記録を止めました。

こんなコメント

「ニュージーランドと戦って勝つには、相手の15人が腹を壊している状況で、フィールドの周囲に彼らを狙うスナイパーも用意しておく。その上で、我々が人生最高のプレーを見せなければならない」。アルゼンチン代表の第2列、Juan Martin Fernandez Lobbeがオールブラックスとの対戦の可能性について。

驚きの数字

アルゼンチンのワールドカップ通算1000得点超えに、あと8得点。ここまで37試合で992得点。

ラグビーワールドカップ2019大会のプール組み合わせ抽選会は、2017年5月10日に日本の京都で行われます。

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