選手には印象に残る試合や大会がある。だが必ずしもハッピーなものとは限らない。ジュニア・ジャパンの福井翔大選手にとっては、ワールドラグビーU20チャンピオンシップがそうだった。

 現在、ジャパントップリーグのパナソニックでプレーし、今年9月に21歳になるFWは、3年連続でワールドラグビーのU20大会に出場した。一つはU20チャンピオンシップ2018で、もう一つはU20トロフィー。後者では2017年と2019年の決勝を戦った唯一の日本選手だ。

初出場だった2017年トロフィー大会には高校3年で出場して優勝し、U20チャンピオンシップへの出場権を獲得。翌年の世界大会にも出場したが、チームは5戦全敗で降格となり、再び臨んだ2019年トロフィー大会では主将を務め、優勝を果たして再び日本はU20チャンピオンシップへの道を拓いた。

福井選手は「チャンピオンシップにはチャレンジャーで臨めるが、トロフィー大会は勝たなければ次へ行けない。対戦相手もティア1ではないので、負けられないという気持ちが先行して、変なプレッシャーがあった」と言う。

だがそれ以上に、福井選手には、これらの大会それぞれが葛藤を覚えた場所だった。

1年目のトロフィー大会では本職ではないウィングで出場した。大会メンバーのセレクションにはNO8で挑んでいたが、負傷者が出た影響で本来のポジションではないウィングとしての登録となり、大会で突然のコンバートとなった。

「大会に連れて行ってもらえるだけで嬉しかったけれど、複雑だった」と福井選手。決勝を含めて先発出場したが、慣れないポジションでのプレーに手ごたえは感じられなかった。

2年目、1つ上のランクのU20チャンピオンシップには本来のNO8で参加したが、5試合すべてにリザーブ出場で出場時間も短かった。チームは初戦のニュージーランドに0-67、続くオーストラリアに19-54と大敗。第3戦から盛り返して、ウェールズに17-18、ジョージアに22-24、アイルランドに33-39と接戦を繰り返した。だが、いずれもあと一歩で勝利を手にすることはできなかった。

苦悩の時期

U20年代最高峰の大会で、トップカテゴリーで強豪として知られる相手がほとんどだったが、福井選手にはあまり印象に残っていない。

「僕はチームマンになれていなくて、自分がどうしたら出られるか、次の大会へ何か爪痕を残してやろうということばかり考えていた」と振り返り、不本意な思いばかりが残ったという。

U20チャンピオンシップ2018は5月下旬から開催されたが、福井選手は東福岡高校を卒業してパナソニックに加入して間もない頃。「厳しい環境を選ぶことで成長したい」という挑戦だったが、パナソニックはPR稲垣啓太選手やHO堀江翔太選手ら多くの日本代表選手をはじめ、オーストラリア代表FLデービッド・ポーコック選手ら各国代表経験者も揃う強豪でリーグ制覇4回を数える。高卒ルーキーには大きな環境の変化だ。

福井選手は「自分を見失って、変にもがいていた」と当時を振り返ったが、その状況で迎えたのがU20チャンピオンシップだった。そして、そこでもU20日本代表でも同世代とのポジション争いに勝てず、チームとして結果も出せずに大会を終了。意気消沈でフランスから帰国した。

自信喪失状態の福井選手だったが、状況打開のきっかっけをくれたのはU20日本代表の経験があり、2019年にはサンウルブズでもプレーした長谷川崚太選手だったという。

「長谷川さんが『俺も最初はずっとリザーブだったから気持ちは分かる』と声を掛けてくれた。自分は無理なんじゃないかと思い始めていたところだったので、それだけで霧が晴れたように気持ちが軽くなった」と福井選手は言う。

「自分も頑張るしかない」。そう思えるようになり、努力を続けると少しずつ道が拓けた。パナソニックで練習試合や公式戦に出場できるようになり、自信がついてきた頃、U20代表に招集されて、福井選手はキャプテンに任命された。

同年代と見つけた連帯感と成果

そして臨んだ2019年U20トロフィー大会で、福井選手は自分の苦い経験から、試合出場機会の少ない選手にも思いを寄せ、彼らのケアにも積極的に取り組むように心がけた。

 日本は順調に勝ち進み、決勝では2017年大会決勝でも対戦したポルトガルと再戦。前回の対戦では後半途中で雷雨中断のまま終了し、14-3でリードしていた日本に軍配が上がっていた。雪辱を期すポルトガルに日本はリードを奪われ、苦しい展開になった。

残り10分で相手にトライを許して28-34とされたが、落ち着いた試合運びで終盤追い上げると、残り4分でFB河瀬諒介選手がトライを決めて33-34と詰め寄り、SO福山竜斗選手がコンバージョンを決めて35-34とひっくり返した。そのリードを最後まで守り切り、日本が勝利をつかんだ。

「ビハインドになっていても、勝てる自信があった」と福井選手は振り返る。

トップリーグを経験していたことで余裕が生まれていた上、大会前の4月下旬からオセアニアラグビーU20チャンピオンシップに参加していたことで、「トロフィー(大会)に行く時には、ある程度の形が見えていた」という手ごたえもあった。加えて、U17代表から一緒に歩んできたCTB長田智希選手(早稲田大学)をはじめとする、同年代の仲間との間に強い連帯感も生まれていた。

福井選手は「同年代の選手とプレーして、すごく楽しかったし、仲間が頼もしかった」と当時を思い出して声を和らげる。

2つの大会でU20代表ならではの良さや連帯の大切を再認識し、福井選手は大きな変化を見せた。「U20チャンピオンシップも初めての挫折だったと思うけど、今となってはすごくありがたい経験。僕のラグビー人生では大きいと思う」と語る。

ホワイトロック選手のアドバイス

U20での経験を次に活かすべく、その後ジュニア・ジャパンに駒を進めた福井選手は、昨年秋のラグビーワールドカップで活躍するパナソニックの先輩を目の当たりにして、国際舞台への思いを強めている。

「ジャパンに入って、スーパーラグビーにも海外にも挑戦したい。ターゲットは大きく持っている。でも、まずはトップリーグで活躍できるようになりたい」と話す。

新型コロナウィルス感染拡大を受けてシーズン中断のまま終了した2020年シーズン、福井選手はトップリーグ開幕戦からリザーブながらも毎試合出場を続け、手ごたえを得ていた。それだけに打ち切りを残念がるが、「地道に頑張っていたらリザーブからでも試合に出られる。その姿勢は変えずに継続していきたい」とキッパリ。

それに、昨季の同僚で自身もニュージーランドでU20代表も経験しているLOサム・ホワイトロック選手の言葉が、今も耳に残っている。

「サムが僕に言ってくれたんです。『オールブラックスでも早くから代表入りする選手はたくさんいるが、長く続いている選手は少ない。早く代表になることに固執するのではなく、自分の基盤をしっかり作ることが大事だ』と。」

 苦しみながら何かをつかんだ福井選手。今、しっかりと自分の進む道を見据えている。