どの試合でも、フィールドには相手に食らいつき、食い下がる彼女の姿がある。HSBCワールドラグビー女子セブンズシリーズでは、各ラウンドでの個人パフォーマンスのランキングでトップ10に名を連ねることもあり、FWとしてはもちろん、若手の多いチームのリーダーとして、その存在は大きい。

中村知春選手は大学卒業目前に7人制ラグビーを始め、卒業した2011年にサクラセブンズこと、女子セブンズ日本代表に初選出されると翌年から主将を務める。2013年、2018年のラグビーワールドカップセブンズや2016年リオデジャネイロ・オリンピックなどで、長年にわたってサクラセブンズをけん引してきた。

 神奈川出身の32歳は、現在2度目のオリンピック出場へ向けて強化に励んでいるが、その一方で、この冬から新たな役割を手にしている。ナナイロプリズム福岡の選手権GMだ。

 昨年12月に福岡県久留米市の久留米大学を拠点に設立された女子クラブチームは、中村選手自らが立ち上げに奔走した。

「女子選手のセカンドキャリアの可能性を広げられるような組織」にすることを目指して、オフィシャルパートナーの久留米大学と連携して資格取得や医療サポート、スポンサー企業での選手雇用のバックアップなどを用意。選手にラグビーを続けながら、競技後の生活を考えてもらう場を提供しようというものだ。

「オリンピックで目標をかなえたり夢が絶たれると、そのあとは何も考えられずに競技を辞める人が多い。そうではなくて、ラグビーをしながら資格の勉強をしたり、キャリアの後のことを考える時間にしたり、経済的な支援をしてあげられるようにして、選択肢を与えられるようにしたい」と中村選手兼GMは言う。

新たな選択肢

それは、リオ五輪を含めて日本代表としてプレーしてきた競技生活をはじめ、指導者の勉強や男子セブンズ日本代表の遠征帯同、アメリカでのトレーニング視察、JOCアスリート委員など、さまざまな活動で得た経験と知識を通して辿り着いたものだ。厳しい日本代表での活動が終わると、競技を辞める選手がいることへの懸念もある。だがそれも、将来のへ選択肢が増えれば、ラグビーを始める人も増えて競技の普及につながると、中村選手は考える。

「女子ラグビーの価値を上げる手段は、オリンピックでメダルを獲ることも一つだが、山登りと一緒で達成するルートは一つとは限らない。サクラセブンズが『Aルート』だとしたら、ナナイロプリズムは『Bルート』。手段はいろいろ持っていた方が人間として深みも増すだろうし、『こっちがダメならこっちで』というのも悪くないと思っている」

そう話す彼女の姿はGMそのものだ。

「ラグビーが好きだし、ラグビーに育ててもらったので、自分の力を普及に活かしたい。これからラグビーを始める子たちやラグビーをやっている子たちが、『だからラグビーがしたい』と思えるような生き方をしたい」と中村選手は語り、新たな形で後進のために道を拓こうと動き出した。

想定外のスタート

だが、新チームのスタートは想定外のものだった。

新型コロナウィルス感染拡大を受けて、予定されていたチームのお披露目会は延期。ヘッドコーチに就任した、男子セブンズ日本代表の桑水流裕策選手(コカ・コーラ)や、海外選手らチームメンバーが一同に会する機会がないまま、活動自粛期間に入った。

5月に入ってチームは週2回のオンライン合同トレーニングを開始。その時間は中村選手にとって、フィジカルで自分を追い込みながら、チームメイトとの絆を深める時間になっているという。

一方で、勤務先の仕事をリモートでこなしながら、自宅やその周辺での個人トレーニングを行い、5月からは女子セブンズ日本代表で基礎的な理解を高めて強化促進を狙う、週4回の栄養学やトレーニングの座学も受けている。

 「もともと、人をワクワクさせることを考えたり生み出すのが好きだった」という中村選手。感染収束が見えずに制限の多い現状も、「限られた状況の中でどうやって最大限に効率よくトレーニングするかを考えながらやっている。全然、ポジティブ」と明るい。

 そして、五輪へ向けても、自分の思いを再認識している。

記憶に残る大会

7人制ラグビーが初めて五輪の正式種目に採用された4年前のリオデジャネイロで、サクラセブンズはメダル獲得を目標にブラジルに渡った。

だが、結果は1勝4敗で出場12チーム中10位。主将を務めた中村選手は大会後「心がポッキリ折られた」が、なぜダメだったのかと自問自答を繰り返した。そして、「本当はオリンピックでメダルを獲ることで女子ラグビーの価値を挙げることを達成したかったはずなのに、金メダルを獲ることだけが目的になっていた」と思い至ったという。

その経験を活かして、今度の東京大会では結果だけにとらわれないようにしたいという思いが働く。目指すのは昨年の男子15人制ラグビーワールドカップ日本大会で目にした形だ。

「私の思う一番の成功例。ラグビーそのものの価値を皆さんが評価して下さった。ああいう風になりたい」と中村選手。「結果よりも、何を形として残すか、何を記憶として残すか。もちろん、そこに金メダルという結果が伴ってくればベストだが、そこまでのプロセスを自分で評価した時によかったと思えるようになりたい」

 東京2020が1年延期されたことについても、「最初は戸惑ったが、引退が延びたじゃないが、良いプレッシャーの中でラグビーできる時間、成長できる良いストレスをもらえる期間が延びた」と受け止める。

ただ、感染症の世界的流行という未曾有の事態に、「オリンピックもスポーツも、健康で安全な世界の上に成り立っている」と自分の無力さを感じ、各国政府の対応の違いには、それぞれの代表チームの活動再開と準備に差が出る可能性を感じ、政治とスポーツの関係は「すごく近い」と認識を改めたという。

それでも、中村選手は「個人個人に与えられた時間は一緒」と話し、ここまでノンストップで強化を加速させてきていた女子セブンズ日本代表にとっては、「一旦ストップして頭を冷やす、メンテナンスするいい期間」と話す。自身も疲労回復を図り、体のケアの機会と捉えて、五輪へ臨むためのチームづくりに思いを巡らしている。

 中村選手は言う。

「今度のオリンピックは多分、歴史上ですごく大きな意味を持つ大会になると思う。その中で、セブンズラグビーがどういう価値を皆さんに提供できるかに注目していただきたいし、そういうことを考えながらプレーしていきたい」

 ビジョンは明確だ。